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 世界遺産:麗江  (10.06.09)






所在地雲南省

 アメリカの著名な植物学者で探検家のジョセフ・ロックは臨終が迫るときにも、中国のある古い町を胸に懐かしく思い描いていました。彼は病床で、「あそこに帰って自分の仕事をやり遂げたい・・わたしはあの美しい山の上で死にたい、四方を白い壁に囲まれた孤独な病室で神からの迎えを待ちたくない」と書き記しています。ロックが最期に夢にまで見た町、それが麗江なのです。「ここは天と人が一体になった町、人と自然が結びついて完全な美を表現している」、ロックはこのように麗江を評しています。「さまよい続けたわたしの人生で、麗江以上の町はなかった。あそこでは幸せな生活を送り、まさに天国だった」 ― 。

 麗江は雲南省の西北部に位置し、海抜2416メートルの高原にあります。北側には金沙江が流れ、玉龍雪山がそびえています。麗江の町は宋末期から元初期にかけて形成され、古くは「大研」と呼ばれていました。西暦1258年、フビライがここに元軍の駐屯地を置き、正式に「麗江」と改名されました。
 麗江の豊富な水は玉龍雪山のふもとにある黒玉潭から来ており、中河・西河・東河の3つの水流から町へ向かって流れ込んでいます。中河は古い天然の水流で、その流れは町を東西の2つに分けています。西河と東河は人口の水流です。水の都・麗江は「高原の姑蘇(蘇州の雅名)」とも呼ばれています。麗江の人は昔から、水に対して特別な感情を持っています。午前10時以前は川で洗濯や野菜洗いをする人がいないので、みんなはこの時間帯に集中して飲用水をくみ上げます。麗江の町には、公用の橋梁が各種合わせて76あります。また、住宅は川の流れに沿って建てられ、水の流れと共に長い長廊のような「水郷の町」らしい景観を見せています。

 チベットに嫁いだ唐朝の文成皇女が、チベット地方に茶葉をもたらしました。当時、同地方では茶葉を育てられなかったので、高原で育てた茶葉を中原で交換するうちに「茶馬互市」が発達し、雲南省からチベットまでの道は「茶馬古道」と呼ばれました。また、麗江は茶馬古道の重要な宿場でした。当時、荷物の運搬はロバが唯一の方法で、麗江の町には土砂が多いため、ロバの足を気遣って石畳が作られたのです。茶馬古道はこのような行商人によって綿綿とつながれ、シルクロードに並ぶ交易の道として発達したのです。

 麗江はナシ族が最も多く暮らす町です。古代ナシ族の母系氏族社会の制度がずっと受け継がれ、現在でも女主人が一家を取りまとめる風習が残っています。ナシ族の女性は働き者で知られ、男性は反対にのんびり悠々と過ごしています。彼らの中には音楽や絵画に優れた人が多く、ナシ族文化の大切な継承者です。また、ナシ音楽は麗江一帯に古くから伝わる古典音楽で、「中国音楽の生きた化石」と呼ばれています。半世紀ほど前、麗江に滞在したロシア人のPeter Goullbrtは「ナシ音楽は伝統的な中国の古典音楽で、時空を超え、安楽の土地を描き出している。麗江は静かで安らかで、絶えることの無い平和がある」、と書き残している。

 麗江は1997年12月、世界自然および文化遺産に認定されました。素朴な自然環境と独特の文化があいまって、神秘的な東方文化の魅力をたたえています。

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