中国語版 携帯版 メルマガ登録
中国語専門チャンネル「CCTV大富」・「TVB大富」 24時間、中国本土、香港、台湾と同時放送
会社概要 業務内容 制作・ドキュメンタリ−
CCTV大富 TVB大富 視聴方法 視聴者の声
HOME 文化・教養 日中の窓 中国資料館 出版物案内 大富ショップ
連載コラム
中国の見どころは、必ずしも発展著しい大都市や、30にのぼる世界遺産だけではありません。中国全土それぞれのエリア・街に独特の個性があり、たとえ有名な観光スポットであっても、見逃されがちなポイントは数多くあるのです。知って得する観光情報はこちらから!
 世界遺産:明・清皇陵群  (10.08.11)






所在地北京市

 明の時代は276年続き、17代の皇帝が即位しました。2番目の恵帝建文帝を除いて、すべての皇帝は南京の鐘山や北京の天寿山・金山に葬られ、明の太祖洪武帝の祖陵を含め、皇帝陵は18個あります。また、湖北省鐘祥市の郊外には、明代のほかの陵墓にならって作られた同時期最大の墓があります。

 正徳16年、「明代で最も愚昧な皇帝」と言われる11代目の武宗正徳帝が病死しました。正徳帝には跡継ぎになる子供が無く、家訓に基づいてその父方の従弟が皇位につきました。この12代目にあたる世宗嘉靖帝が父親に皇帝の称号を贈り、その墓を拡張して皇帝墓としたものが河北省にある顯陵です。

 1628年、明が歴史の舞台から消え、清が登場しました。歴史書によると、初代皇帝の順治帝が狩りのため河北省遵化県の昌瑞峰付近に来た時、山の非凡な様子に心引かれ、取り出した玉(ぎょく)を投げて「落ちたところに陵墓を建てよ」と命令しました。これが清朝初の陵墓区・清東陵です。ここは順治18年に工事をはじめ、1908年に慈禧(西太后)陵が竣工するまで240年以上も陵墓が作り続けられました。陵区内には大小さまざまな建築物があり、順治、康熙、乾隆、咸豊、同治の5代の皇帝をはじめ、4つの皇后陵など計15の陵墓があります。

 約60の建築物がある清西陵には雍正、嘉慶、道光、光緒の4代の皇帝と、皇后9名の陵墓があります。一番大きいのは雍正帝が眠る泰陵です。泰陵は清朝の勢いが最も盛んな時代に造られたため、規模はその他の陵墓に比べてきわめて大きいものです。

 1850年、弱冠20歳の咸豊帝が皇帝の座につきました。その後、第二次アヘン戦争が勃発し、危機感にさいなまれた咸豊帝は承徳の避暑山荘に逃げ込み、1861年に同所で病死しました。清東陵の一番西側に埋葬された咸豊帝の陵墓が、定陵です。定陵はほかのものと比べて特に小さく、付帯建築物もごくわずかです。

 日清戦争が終わった1895年、清政府は賠償や土地の分割で国力が疲弊しました。西太后はこれを顧みることなく、完成までに22年もかかった慈禧陵の隆恩東西殿などの建築物を全て取り壊し、建て直させました。新たに建てられた隆恩殿の規模や工芸レベルは、驚くべきものです。
また、紫禁城内の太和殿にも6本しかない金箔貼りの柱が慈禧陵の隆恩殿はじめ3つの建物に64本もあります。貴重な宝物として珍重されていましたが、1928年に地方軍閥の孫殿英によって奪われてしまいました。

 崇陵は光緒帝が葬られています。光緒帝は帝位についていましたが、実際の政治は西太后に牛耳られていたので名目上の皇帝と言えます。

 1908年、「ラストエンペラー」として有名な愛新覚羅溥儀が帝位につきました。解放後、平民の身分になった溥儀は、1967年に亡くなりました。彼の遺骨は北京八宝山の革命公墓に葬られましたが、その数十年後、華僑が修築した清西陵の対面にある陵園に移されました。

大富で放送中の「観光関連番組」
CCTV大富:中国遊走遍中国海峡両岸
TVB大富:台湾生態筆記藍天大地任我行
連載コラム
中国語教室
中華文化坊
中国観光地
中華小厨房
中国流行風
華式健康美
バックナンバー
採用情報 お問合せ プライバシーポリシー リンク copyright©2005,Daifu Co.,Ltd.All Rights reserved.