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 世界遺産:龍門石窟  (10.08.25)






所在地河南省

 河南省にある龍門石窟は、外から伝播してきた仏教芸術に中国の伝統芸術が融合したもので、古代の塑像芸術を如実に表現しています。現存する大型石窟群の中でも比較的完全に近い形で保存されており、あるデータによると、大小の仏龕(ぶつがん)は2,000個以上、仏塔が60数個、造像が10万体以上、碑が2,800以上残っています。龍門石窟は伊河を挟んだ両岸の東山(香山)と西山(龍門山)に分布し、敦煌の莫高窟、大同の雲崗石窟と共に中原(黄河の中・下流域)・北方地域の3大石窟の一つで、世界に誇る世界遺産です。
 龍門石窟で最も古い窟は西暦493年に開かれた古陽洞で、北魏朝・孝文帝が洛陽に遷都した1年目にあたります。西山の南側にあり、窟内には本尊の釈迦牟尼仏と南壁は両脇侍菩薩像が彫り込まれています。また、南北両壁の上下三列に仏像が彫られています。
 北魏期(西暦386年~534年)に開かれた主な窟には賓陽中洞・南洞・北洞からなる賓陽三洞もあります。賓陽中洞の本尊は三世佛で、左には弟子の迦葉と文殊菩薩、右には同じく弟子の阿難と普賢菩薩が控えています。像はいずれも顔が痩せ型で衣類のひだも細かく、北魏期の特徴をよく表しています。また、天井には蓮の花や飛天の姿で飾られています。洞内の両壁には大きなレリーフがあり、『維摩変』『佛本生故事』『帝后礼佛図』『十神王象』が見られます。龍門石窟の洞窟の多くに礼佛図がありますが、中でも賓陽中洞が一番素晴らしいとされています。しかし、多くは盗まれて海外に持ち出されました。
 薬方洞の中には古代から伝わった漢方素材の用途「薬方」がたくさん刻まれています。彫刻の中には、現代医学でも治療が難しい糖尿病を示すものもあります。これらの薬方は唐代の著名な医学者・孫思邈が記した「備急千金要方」よりさらに古いものです。

 北魏朝の滅亡とともに、窟の新設も衰退してゆきました。約1世紀をおいて唐が建国され、その後唐が最も繁栄した約100年が龍門石窟にとって第二のピーク期にあたります。
 唐代で最初に開かれた窟は西山の北にある潜溪寺で、浄土宗が興った時期にあたります。唐代の窟は高宗や武則天の時代に最も多く開かれました。石窟の仏像は仏教芸術とはいえ、政治と密接な関係があります。武則天が皇后に就いていた時期は、弥勒菩薩を盲信していたため、千佛洞や大万五佛洞はじめ多くの弥勒像が作られていました。
 北魏期と比較して、唐代は文殊菩薩や観世音が多く作られたのが特徴です。また、唐代にはそれまでの平刀ではなく丸刀が使われたため、衣服のひだもいっそうリアルで筋肉なども生き生きと彫られています。
 西暦705年ごろを境に、第二のピーク期も終わりを告げました。同年、武則天が退位して崩御し、弥勒菩薩作りも衰退していったからです。
 龍門石窟は北魏以来1,500年にわたる歴史を経て、歴代王朝の移り変わりや仏教文化の発展を如実に表現しています。まさに石刻芸術の博物館と言えます。

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